@ある事を思い出し、写真撮影を忘れて来た、早朝より出掛けてその為に「御巣鷹山」「スゲの沢」へ又行きました、撮影するのをうっかり忘れて来た写真は是です、何故・・・『山﨑章』さん?・・・御覧下さい。

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「スゲの沢」の最先端に鎮座する「山崎さん」の墓標です、此処は沢・つまり下から登って来るわけです、言わばピラミッドの頂点の位置に「キャップストーン」では無く「山崎章」さんの墓標がある、特徴的な墓標、あの屋根の構造です、測定すると成程=122度でした=第122代「明治天皇」・・・「玄孫」だ!、>竹田**に対して怒りの怨念が此処に或るのではないか?何としてでも「野蛮な一族」を潰さなければ「日本を取り戻せない」と言う事なのでしょう、「玄孫が大麻所持」で逮捕送検された事を指しているのです。

「五輪委員会」のイカサマ・贈収賄事件に発展しないのか?国民が黙ってその様な「悪の利権構造」を許す筈が無い、竹田・森・武藤・ゼネコン+佐野一族(兄弟)と言う事がバレバレです、地検は徹底して捜査立憲して欲しい物です。

話が大きくそれたが「ヤマ・ザキ・アキラ」=山・先(咲)章と書き換えると=山の先頭で咲き誇った章=当時国務大臣だったあの『秦野章』の事でしょう、お・そ・ら・く・は、つまり本当の黒幕は「明治天皇派閥」から来る一派=五輪委員会とクロスするが『秦野章』もその流れではないか、「日本を取り戻せなくした」=「御巣鷹山クーデター」連中の総司令官と言う事にならないか。・・・此処だけでは無いあちこちにこの様な暗号絡みで出て来る「悪の象徴」のあぶり出し工作があるのでここでも本件絡みで公表致します。・・・「大勲位」より年齢的にも上ですが、更なる問題は『秦野』の先です、つまり「警察」の裏に更に暗黒の世界がある訳ですが、・・・必ず「日本を取り戻す」各所にその加速度が上昇して来ています、日本人の為の日本の国なのですから、絶対にその動きは止めません。

@前回のHPを見た友人が急遽別働隊が収集した「遺骨」を持って来てくれた、それはやっぱり「ミサイル」の破片ですと言う事と共にあちらでも回収していたので紹介致します。・・・友人達の「遺骨収集品」です。

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中央の丸い物は何かの除き窓?の様な物で半透明に向こう側が透けて見えます、その他は可なり重量が有る物です、中でも曲がった配管につながる様な部品には品番が打ちこんでありましたので次に紹介を致します、御覧下さい。

バルブ

「御巣鷹山」其処は映画「太陽が一杯」アランドロン主演の映画の様です、完全犯罪は成立せず、証拠物件を引きずって時間経過を経ても永遠にその動かぬ「証拠物件」を後世に続出させてくれる場所です、もう30年も経過してしまった、その間にも多くの物証を排出して見せ付けてくれる「完全犯罪」が全く成立しない場所である事を「野蛮人」共に言いたい、作家=山崎豊子がこの映画の題名に「沈まぬ太陽」とした意味はその映画「太陽が一杯」から来ているし、此処で沈まぬ太陽=核ミサイルが使用された事を意味しても居たのです、此処で「残虐非道」の殺戮が行われ、その背景の上に立ち社会の征服者へ君臨する連中にはその資格が無い「野蛮人」の証がそうさせている、日本社会の各層・各業種に広く支配の手を伸ばして「日本人」を差別虐待し続ける事はもう出来ない、すべての国民が「野蛮人」らの悪の所業を知る事に成って来たからです。

作家「山崎豊子」はこの事件の実態を知りつくし小説を書いたのです、実は彼女は大の「アランドロン」のファンだったと言う事からもこの題名が付けられた事は間違いありません、・・・「山崎章」では無く「山崎豊子」の関連逸話でありますが、私の今回の墓標の写真の裏にはその様な事まで言及して欲しいと言う亡き「女史」の想念が大きく作用していた事を是を書き出していて思い知らされました、二人の故「山崎」様御霊のご冥福を祈ります。

DSCN2944

その他の「遺骨」是は機体内装壁面部分ですが、・・・

白い色系統の2個は明らかにJAL123便の物で間違いありません、内部に描かれた「絵柄」に見覚えが有りますが、その他の物=灰色の2点は機種不明です、同じく「緑色」の装飾壁面?ジャンボ機の内部に鮮やかな「緑色」が使われていたのかどうか?覚えていません、当時搭乗していた「CA」さんなら記憶がある人も居るかもしれませんが、誰か御存知でしたら、連絡を下さい、当然ですが、「匿名」「非通知」で結構です。・・・お待ちしています。

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全て同じ材質と思われます。

友人は一番大きい破片と小さい破片を回収持って来てくれました、クシャクシャに潰されている物は以前に回収した物ですが、これで解る事=ミサイルが命中してその後各破片がどの様な状態にあったのか?と言う事が、・・・粉々に飛び散る物・大きく破裂して飛散る物・更には潰されて小さく成る物もあるようです、聞く所に依れば大方は潰されるようですが、破裂の仕方で別れる、そしてその後に熱を加えられると金属色から焦げた「チタンブルー」色に変化している様です。

前回の小片も確実にそれは「ミサイル」の破片であった様です。

@当日談=早朝「小鹿野」から「志賀坂峠」間で走行妨害に逢い、峠では2代のミニパトカーと他2台のフォーメーションを組んで「ロックオン」されて居ました、気持ちの良い物では無いのだが、トンネルを超えると、其処は群馬県・妨害圧力は無く成りました、つまり県警の管轄が違うからです、埼玉県警やばいです、御注意下さい。

j1何時もそうだが、現地上野村に着いて最初に「慰霊の園」へ焼香に行く訳ですが現地へ着いて驚いたのは其処は「自衛隊員」で一杯だった、異様な雰囲気で驚いたのですが、彼らはもう参観が終わり整列点呼の最中を遠目で撮影したのが是です、花束が供えられていたが「線香」は一本もあげては無かった。

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私は一人焼香を済ませて長居は無用、すぐに「スゲの沢」へ向かった、「山崎章」さんの墓標の写真を撮りすぐ下山してきたら丁度「中の沢」付近を彼ら一団が長い隊列を組んで「徒歩行軍」して来た、御覧の通りですが、やっぱり異様です、この山で「自衛隊員」と遭遇は良い気分では無い、カメラの構えをする訳には行かず、こんな時に役に立つ「車載カメラ」ですが、やっぱり解像度が未だ良くないのが欠点です、もっと鮮明な物に変更したい気分です。

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実は帰り道にも又「慰霊の園」へ立ち寄ってもう一度落ち着いて今度は「展示館」で確認したい事があり、戻って来た丁度昼頃です、先程の異様な風景から何時もの静寂に戻って居たのだが、一台の「マイクロバス」?です、やっぱりそうでした、「展示館」の中に入ると、麗しき若い女性ばかり総勢30名位=そうです毎年恒例行事の「JAL慰霊登山研修日」だったようです、あの「展示館」に男は私一人、圧倒されましたがそれとは別に目的のあのVTRの画面再確認をして来た、やっぱり是は凄いです、是非皆様も一度鑑賞して見て下さい。約20分位見ているうちに全員退出バスで移動是から「慰霊登山」に向かいました当然だが全員トレッキングシューズを着用して居ました。

私も此処での仕事を終わり琴平で何時もの買い物を済ませて早々に帰路に着いたのだが、車の中で考えた事、>何故JALの研修生と「自衛隊」の慰霊登山?が同じ日に実行されるのか?相互に何らかの意思疎通が出来ていたのか?と言う事を考えました、つまりこの山で「自衛隊」と「JALCA」研修生が同時に集合する?「鉢合わせ」があって良い物か?実に皮肉を感じたのです、言わば「敵」同志の遭遇・・・双方その事実を全く知らないのか?30年前に「自衛隊員」は何をしたのか「野蛮」行為をしてきた事実を双方とも知らないのか?と言う事です、「洗脳」=「隠蔽」とは恐ろしい事です、あの時に救助作業に動いたのは「上野村の消防団」であり、自衛隊員は全く手伝わなかった、彼らは「救出」作業は任務に無かったからです、多数の「隊員」達は皆別の目的でここに居ただけだったのです。

 

@誰も語らないので「私」が言います、当時現場「御巣鷹山」で撮影された写真家「小平」さんが捉えた現場写真の「1枚」です、良く御覧下さい、皆様見た事は有りそうなアルバムであるかも知れませんが、市場に多くは出回らなかった、ある種の圧力が掛かり、本人も国外へ避難していた時期もあったらしいと聞きますが、この写真を良く御覧下さい。

DSCN2948

彼の写真集の「1ページ」だけトリミングコピーしました、此処に何かがはっきりと写り込んでいます、良く見て考えて下さい、驚きます、気付かない人が多いらしいのですが。・・・それは、******

 

 

 

 

Posted on: 2015年9月6日 | Author: shigeruyosizawa
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