@上野村へ又行って来た、「慰霊の園」へ焼香に、でも今回の目的は其処では無かったのですが、証拠写真を公開して、或る秘密について此処で公開致します、是は「慰霊の園」三角形モニュメントの裏手に有る、「無名の遺骨安置所」を写した物です。

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表側には焼香所が設置されているのですが、この場所裏手にそれはは有りませんが、実は?

@ここが「無名遺骨の安置所」です、写真のデートコード=0417・13:38つまり4月17日に撮影された物です、前回正面から撮影した物には実に不思議な「天界」からの数値メッセージ「4・1・3」が発光現象で表示されて居ましたが此処では其れは有りませんでした。

しかし注目して頂きたい事が有るのです、安置所のゲートです。良く見て下さい、丸いアーチ型のゲートその枠に使用されている大理石の総数は=「13個」です、それだけでは無いのです、土台と思われる「角型」の石は「4個」です、その上に「9個」の石が組み合わせてある。・・・何故「9個」なのかは「久邇宮朝彦殿下」の「久=九」なのです。

「4」と「13」それは確実に「私」を示す物であり、前回正面で撮影された写真に出て来た「発行体」=「オーブ」の数と一致する事が確認出来ます、あの「オーブ」でも「4・1・3」の3種類が色も形も違って居ました、この異常な数値の一致とは何処から来ると思いますか?当会の会員様なら瞬時にその訳を理解出来る筈です、此処であえて私の口から言うべき事では無いかも知れませんが、私の誕生日は4月13日当月で満68歳に成りました、勝手ながらそれは「神々の祝福」が私の所へ伝えられた事だと認識・受信して居ます、其れをあの「オーブ」=「4・1・3」の光と色でも!!!私に伝えられた事だと思います。前回の写真を御覧下さい。

@その帰り道、「上野村」から志賀坂峠を越えて小鹿野の「小鹿神社」へ「春の大祭」を見て見たかったのであの「大鳥居」をくぐって神社内の駐車場に車を止めて「重文」の「笠鉾」を見て来た、街中を引き回していたので、その場所へ歩いてこの写真を撮影して来た訳です、大きいです、如何見ても是は「彗星」か「ロケット」の飛ぶ姿?この近くに村中で手製「ロケット」を打ち上げると言う「奇祭」がある処が有りますが、同じベクトルを感じます、此処は「天の浮き船」の「パワースポット」でありました、何故か現代ではその技術は完全に隠蔽されてしまいました、世の中が余りにも「野蛮人」ばかりの社会に成った事でその様な特殊な物を「野蛮人」達に持たせる事は危険だと「神々」がお考えに成ったからです。

小鹿野の地理的な分析結果は既にこのHPに公開してありますのでそちらと合わせてご覧頂くと、此処と「伊奈薔薇園」「下仁田サンスポーツランド」「武甲山」「宇都宮市」「富士山」「天城山」との関係が理解頂ける筈なのですが、一般人には難しいかも知れません、大地への「指紋」としてここはそれ程重要な場所なのです。・・・私はもっと早くその事に気付き此処へ来なければならなかった訳ですが、「春の大祭」を見て更にその事を痛感しました。

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見事な「笠鉾」です相当に大きい物です、のどかなこの地で是は相当大きな意味があるからこそこれ程のお祭りで守られて来た大祭なのです。

@当日は下調べをして来て居なかったので、早めに引き上げて帰路に着いたのだが、上野村の写真とこの写真で解ると思うのですが、4月17日です、何故か「安倍昭恵」さん、首相夫人が当日「上野村」に訪問されていたらしいのです、私は合えなかったので「ニアミス」だったのですが、「きのこセンター」へ行かれた様な?「慰霊の園」へ焼香には行かれたのでしょうね、上野村に来て「慰霊の園」をパスする事は無いですよね、お会いしたかったのですが、・・・残念!

@その翌日も実は此処「小鹿神社」へ又来てしまった?其れは「カミさん」にその話をしたら自分も見たいと言う訳で、迷ったのですが、急遽3時過ぎから出かけて2日間来てしまった、その時の写真が実は皆大失敗作でまともに写っている物が殆どない、デジカメの撮影設定ダイヤルが間違っていたのですが、その中でも1枚更に不思議な写真をピンボケですが掲載します、ある筈が無い物が多数・「空一杯」に写り込んで来た「ボケ具合」から相当に古い「霊魂」「オーブ」が一斉に写り込んで来たのです、自宅に帰ってからその事に気付きました。・・・ここはそう言う場所なのです。

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「山鉾」の頂点部分を撮影していた、其処に或るのは天界を駆ける「竜神」の姿なのですが、見事な彫り物なのだが、何とぼけ写真、しかしそれとは関係なくその背景に写り込んだ無数の「発行体」には愕き!

当日雨など降ってはいません、是は異様です、必ずもう一度来年の「大祭」に来て写真を撮り直して見たい、もっと時間を掛けてじっくりと「大祭」全体を見て見たくなりました。

@話を戻して、3月22日?だったか、自民党の「石破」氏が上野村を訪問された様子、「きのこセンター」と「バイオマス発電」の様子を見学に?・・・私は何と翌日上野村をお彼岸の「焼香」と「献灯」で「慰霊の園」へ行って来た、つまり此処でも「ニアミス」です、石破さんとも会いたかったですね、そして前述の通り4月17日には「昭恵」さんと同じ日に「ニアミス」やっぱりここは変です何故航空用語「ニアミス」ばかり発生するのか?貴方方本当に解りますか?何故急に「上野村」に興味を持たれたのか?御両人に聞いて見たい物です、この地が如何言う場所か御理解なのですか?ここへきて「慰霊の園」をまさかパスしてお帰りに成ったのでは無いのでしょうね?私はそれが心配です、もしそうなら良い事は置きません、絶対に「霊界」から報復の何かが現象として発生する筈です、政治家なら特に、この地が何であるかを解ってお出でに成るなら良いのですが心配です、政治家はその事を理解しなければ絶対に良い事には成りません慰霊登山をせよとは言わないが、何を差し置いても意の一番にせめて「慰霊の園」へ焼香で手を合わせて下さい、日本人ならそうすべきです。

政治家やその立場の人は特にその事を忘れて此処へ来るべきでは無い、何故此処へ来られたのかどの様な工程で帰られたのか解りませんが、重大なミスを犯して居なければ良いのですが、心配です。与党の政治家は殆どこの地へは来ません、それはあの「残虐行為」「御巣鷹山クーデター」を早く忘れ欲しいと考えているからです、黙って黙殺すればその内に忘れてくれるだろう、大きな間違いです絶対に忘れません、いじめ問題加害者側はいじめでは無いと考えるが、遣られた方は「死んでも忘れません」時間が経っても絶対に忘れません。

520人が犠牲と成った、その内の生存者数10名は特に婦女子には凄惨な凌辱・虐殺をされた「スゲの沢」を忘れることは出来ない、証拠隠滅の為に火炎放射器で徹底して焼いた、その前に絶対に堕ちないジャンボ機を落とす為に「中性子核ミサイル」を使用した為に被弾の至近地に乗車していた人は水分の多い部位=脳みそ・臀部・乳房それ自体等が瞬時に爆発した、中性子核ミサイルとは水分に激しく反応をする為にそうなるのだが、それらの事実を大多数の国民は全く知らされて居ない、事実御巣鷹山のある地域では現在でも放射線量が他よりもやや高い数値を示す事は測定して確認している、生存者虐殺の命令を下したのは、「*****」一応実名だけは伏せるが、絶対に許される所業では無い。

去年「慰霊登山」をした時に撮影した「X岩」の近くです、線量計を持参して測定をして来た物を掲載します、写真には円形・角型の「ミサイル」の圧力スイッチ板が散乱して居る事が解ります、29年間経過してもなおその他の線量とは違ってやや高く出て来ました、但し0.16マイクロシーベルトでは人体に影響が在るほどの数値では無いのですが。

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何故それ程の残虐行為までして「クーデター」を実行したのか?一つは日本を植民地にしたかったからです、同時に「ジャンボ機」の重大な秘密が欲しかったからです、それは絶対に堕ちない「ジャンボ機」の主装置「反重力航法装置」がどうしても欲しかった「野蛮人」達が実行した物です、その存在は一部には知られていたが一般には全く公開されて居ない特殊技術の事です、参考にその比較写真を掲載します。

赤色発光

この写真が信じられないと言う人の為に公開しますが、此処では123便のカラー写真で出しましたが、実は上野村「慰霊の園」の資料館に行って見て下さい、其処には是と同じ写真がそのページを開いた本の展示としてガラスケースの中に見る事が出来ます、その意味は一人でもその「赤」い部分白黒写真では「白」く抜けて写って居ますが見て来て下さいと言う真実を知る人達の無言の叫びである、参観者はその事に是非気付いて下さいと言う訳なのです。

左123便です、既に垂直尾翼は有りませんが堕ちません、それは胴体中央部に「ワインレッド」に光る部分が有ります、是が反重力装置の電磁発光部分です、右は御存知無いかも知れませんが「プレアデス系」飛行体通称「UFO」の実写真です、1967年の撮影の物です、底の部分に同じ色の発光部分が2点で見えます、是が同じ装置を搭載している証拠品です。・・・その色の歌が有りますが、時代は無意識にもその秘密を反映して社会に公開される物なのです、誰の手によってそれが行われるのか?明かす必要は無いのですが、「天界の神々」は全てを御存知で、しかもある種暗号的に社会に公開して来る物です、当会の会員の皆様ならその事に尽いて説明をする必要は無いと思います。

世の中の技術革新は早い物です、唯一般に公開される物とそうでない物が或る事は理解出来るでしょう、一般の技術例えばテレビ・電話機・パソコンの進化の歴史を皆様は体験をしてその進化の度合いを知って居る、でもその他の技術は?例えば宇宙技術は如何か?公開されません、1967年に既に「UFO」が飛んで居た接触していた人も居た、其れを見て軍部は一勢に注目し、その18年後に「御巣鷹山事変クーデター」発生です、絶対落ちない飛行機が出来て当然、しかしその技術を持たない「敵国」からすればどんな困難を排してでも其れを「手に入れろ」と成る訳です、「クーデター」ですから勿論その一点だけで実行したのではありませんが、多くの偽情報、かく乱作戦も含めて百科繚乱の話として一般人を煙に巻き実態は誰も言わない、言わせない圧力が多方面に掛けられた結果、「ワールドフォーラム佐宗邦皇」氏の様に殺された人も出て来た、何故主宰者を殺されてもその件に関して一切追及をしない「WF」とは一体何故なのか?皆様は何も不思議を感じないのか?この国の可笑しさです、当然政治的にも何としてでも理屈が合わない部分が出て来るのは何故か?今の政権与党の政治家達は一体何を考えているのか?実に不思議な社会、それが今の日本なのですが、その様な背景で「上野村」に出て来る政権与党関係者の頭の中はどうなっているのか実に不思議です。

JA-8117・・・S・シャトルの輸送用に使われていたが、シャトルも引退でどうなるか?

JA-8118・・・米B社と英国の博物館にその機体の輪切りが展示されている。

JA-8119・・・JAL123便機体番号・御巣鷹山で争奪戦争が展開、米も必至だった。

結果的に其処には「野蛮」なクデター軍部が待機していた事から米軍は全く手が出せなかった、反乱軍部は被害者の救出では無く撃ち落された機体から早く「反重力装置」を分離して持ち去る事が最優先にされてその間「偽情報」を報道各社に発信して時間稼ぎを行った、夜が明ける頃ようやく救出の部隊が「自衛隊では無い」地元の「消防団」が現地に到着して救出活動が行われたが、既に「野蛮な行為」が行われた「悪魔の宴」の後だった。

米国はその他のジャンボ機の「反重力装置」を搭載していた機体は「機密保持」の為に全部処分した。

一人でも多くの日本人は此処へ来てその真実を知るべきです、「1985年8月12日」=「御巣鷹山事変クーデター」勃発の地だと言う事を知らないで来たとしたら悲しいです、あの日からこの国は「日本」では無く成ったのですから。

私はその事を伝える為に「天界」に生かされていると考えています。

今年はその「30年」目だ、このままでは済まされない、すべては「天界の宇宙母船」の動きに寄るが、その多くは暗号化された形で「地上界」に情報が送られてくる筈、感性を研ぎ澄ませて脳内アンテナ感度を上げて事態を見守る積りです、勿論新情報は他に先駆けて当会で一般公開を致します、御期待下さい、信じる者は救われます、すべては「天界」の御意志です。

時事研修会

吉澤  稠

 

 

 

Posted on: 2015年4月21日 | Author: shigeruyosizawa
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